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つばな会書展(筒井敬玉、玉井敬楚)

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2008-09-26 Fri 10:06:00
  • 未分類
■東京近辺の方への速報
玉井敬楚主宰「つばな会書展」

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なかなか時間が取れず、アップするのが遅れて申し訳ないのだが、
秋の一日、上の写真のような「書の世界」に浸ってみたい方は、是非。

銀座かねまつホール5階(銀座6丁目松坂屋の向かい、靴屋さんのビルです)
中央区銀座6-9-9 TEL.03-3572-6285
http://www.ginza-kanematsu.co.jp/ginza/
9月28日の日曜日まで(11時から18時、28日は16時終了)。
入場無料。

主宰の玉井敬楚氏の二人の師(筒井敬玉、筒井扇玉)とのご縁で、
僅かながら協力をさせて戴いている。
たぶん、本日26日(金)と明日27日(土)夕方4時過ぎには、私も会場にいると思う。


写真


暇さえあれば書いていた、書いてさえいれば楽しそうだった。
                             和泉 昇


 「暇さえあれば書いていた、書いてさえいれば楽しそうだった」。
 七月十五日から二十日まで東京セントラルアネックスで開催された筒井敬玉遺墨展の挨拶に遺族の筒井邦子は、このように書いている。
 朝日現代二十人展の作家であり、毎日書道展文部大臣賞受賞者であった敬玉は、それ以前に一人の真摯な書作家であった。
 その言葉を裏打するかのように、会場には展覧会用の大きな作品の他に、万葉集二十巻、古今和歌集二十三巻、三十六人家集四十巻を始め、土佐日記、奥の細道など、机上で日常に書いた作品が、惜しげもなく展覧された。
 しかも日替わりで鑑賞の個所が変わるという贅沢さでもあった。
 師・飯島春敬の死。その本葬の翌日の敬玉の死。「わたしが死んだら遺墨展やってね」という故人の遺志を継ぎ結成された遺墨展実行委員会。その長である筒井扇玉の急逝。大方の出品作の選定は済んでいたとはいうものの、遺墨展には大変な痛手であった。
 その後を支えたのは、古い時代に飯島春敬に就いていた兼重和子であった。敬玉は兼重の腕を早くから買い、何で作家として立たぬのかとしきりに目を掛けていた。この兼重の協力を得て、遺墨展は開催されることが出来たという。
 作品が、作品のみの力が、人の眼に働きかけ、人を呼び、開催させる力を作った。
 「どんな分野であろうと、どんな種類のものであろうと、いいものは、いい。その他のことは項末のことである」とある雑誌に書いた私の当たり前の文を読んだ敬玉が「貴方、なかなか良いこと書くわね。そうなのよね」と息子のような歳の私を摑まえてしきりに頷き、話しかけてくれたことが思い出される。 
 敬玉は私の文などより、ずっと深く重い所で自分のこと、「書」のことを考えていたのだと思う。
 会派を越え、分野をも越え会期中六日間には、三千人以上の観客が会場を埋めた。一人の観客の滞在時間も実に長いものであった。
 この「昭和の古典」とも思われる巻子類、何とか何処かで一括して保管し、次代の若い眼のために、何時の日にかまた、是非展観の機会を持たせられないものだろうか。 

平成9年(1997年)9月1日発行「新美術新聞」


               ワイングラス


もう11年も前に書いた希望が、まだ果たせずにいる。
かわりに、この玉井氏主宰の「つばな会書展」会場に、
「つばな会」の方たちの作品と一緒に、筒井敬玉の小品が4点飾られている。
「書」や、日本の文化に興味のある方に見て戴けたら嬉しい。


               ワイングラス


もしも、会場にいらっしゃられるなら「和泉」を呼んで下さい。
お目にかかれると思います。
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