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びん博士(庄司太一さん)のこと

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2011-10-23 Sun 15:57:52
  • びん博士


びん博士から、お誘いを戴いた、
『庄司光二作品集・わたしはミュージック・リリースの会』が、
渋谷のラ・ママで、そろそろ始まる。
 
http://bottle.cafesaya.net/




残念だが、今日は都合がつかず伺えない。
この場所から、お祝いの気持を送ろう。





最近見つけた、動画と、彼についての日記をリンクさせて置く。


binhakase01.jpg 

binhakase02.jpg 

binhakase03.jpg 



『びんのハリケーン』びん博士(庄司太一)
http://www.youtube.com/watch?v=ZGO5i6JnayA



びん博士についての日記
http://noboruizumi.blog103.fc2.com/blog-category-2.html





GALIMATIO 意味不明なたわごと



ひとつ前の日記で、
『アンドロギュノスの裔 渡辺温 オマージュ展』 について書いた。

今度は、その展覧会の記念「小冊子」について、書いて置こうと思う。
 




この冊子、大・中・小を組み合わせ、重ねたものを縦にすると、
渡辺温さんの「ONG」が浮かび上がるようになっている。


kinen01.jpg 

kinen02.jpg



因みに、その一冊ずつにも、文字が入っている。
 

kinen03.jpg 


kinen04.jpg  kinen05.jpg



私が書かせて戴いた文章は、小の「G」に掲載されているのだが、
裏には「ALIMATIO」の文字が。

GALIMATIO は、エスペラント語で「意味不明なたわごと」らしい(笑)。
あと二冊の文字については、それぞれに楽しみながら調べてみて下さい。

ここには、制作の渡辺東さんと、中山豊さんのエスプリが、ぎっしり詰まっている。
こんな冊子に書かせて戴いたことを、本当に有難く思う。

せっかくなので、私の「意味不明なたわごと」を、ここに記録して置くことに。
軽い気持ちで引き受けたことを、少しばかり申し訳なく思っている。





やさしい窓に薔薇色の灯がついた。

和泉 昇

『可哀相な姉』は、演出家、プロデューサー、そして作家でもあった久世光彦さんが、
新聞のエッセイなどで、繰り返し愛でていた、渡辺温さんの作品の題名だ。

この「可哀相」という言葉。

「可哀相なあたしの煙突!」
今回読み返し、改めて好きになった『赤い煙突』の中にも出て来る。

この言葉を、何度も自分の原稿に刻み込まずにはいられなかった温さんの、
物書きとして、人間としての、心の「揺れ」。

温さんの作品には、いつも、この「揺れ」が描かれているように思う。

何かを「可哀相」と感じる、こまやかで人間的な、温かみのある「心」。
またその「心」自体を、突き放して見据える作家としての、冷徹な「眼」。
ふたつの相容れぬものの間で揺れる、温さんの心の「振り子」。

一歩間違えると、偽善や臭みにさえなりかねない言葉。
そんなことはとっくに分かっていて、あえて俎上に載せて見せる作家としての温さん。

この「振り子」の揺れが、温さんの作品の魅力なのではないだろうか。

「可哀相」そのままではなく、その反動で、徹底的に否定し、また戻って来る「可哀相」。
大人の「眼」を持つ久世さんが魅かれた温さんの世界も、そんなところにあったのでは。





温さんが生まれて、もう100年ほどの時間が経っている。
その頃も今も、人間は、大して変わっていないように思う。





やさしい窓に薔薇色の灯がついた。

『アンドロギュノスの裔』の中で、そんな一行を、温さんは、書いた。

若くして逝ってしまった早熟の温さんと、
大人でありながら、いつも、そこから踏み出ようとした久世さん。
どちらにも、よく似合う一行だな、と思う。


kinen06.jpg   小冊子の栞





今回は、渡辺温さんについて書かせて戴いたが、
三兄弟の啓助さん、濟さんに関連して書いたものも、以下にリンクさせて置く。
ご興味のある方は、読んでみて下さいませ。 


アンドロギュノスの裔 渡辺温 オマージュ展

渡辺啓助氏のこと ─ ひらがなで語り掛けたくなる人

温さんのこと(及川道子)

インバネス(谷崎・温・啓助)

W.W.W.展(渡辺濟)






時は、垂直に存在し「今」を貫いている。






アンドロギュノスの裔 渡辺温 オマージュ展



先日、高輪の Gallery Oculus に、
「アンドロギュノスの裔(ちすじ) 渡辺温 オマージュ展」を見に出掛けて来た。

会期が、今週の日曜日までなので、
急いで、Editorial Airplane の HP にアップした。

http://bit.ly/n1aKGL





宇野亜喜良さんが、どんな作品を出品しているのかも興味津々だったし、
依頼されていた原稿が、どんな形の印刷物になっているのかも、見るのが楽しみだった。





uno.jpg 


宇野さんの絵は、相変わらず「眼」が生きていて、素敵だった。
赤いマークが付いていたので、あらっ、誰が購入したのだろうと思ったら、
知人で今回の案内状にも文章を書いている、小説家の八本さんだった。

  モダンボーイのONG君は、シルクハットにモーニング、古風ないでたちの青年紳士である。
  「新しいってことはね」と彼は言うのだった。「なつかしいってことだよ」   八本正幸

洒落ていて、印象に残る、いい言葉だ。





会場に置かれた「小冊子」も、見事なものだった。
制作は、これまた知人で写真家の中山豊氏。
 

onpack.jpg 


大中小3冊を組み合わせ、しかも真空パックに仕上げてある。
画廊で小説家の展覧会を開催するのに、実にふさわしい仕上がり。

「文学」と「美術」の境界を軽々と超えて見せる彼の感性に、脱帽。
twitter 検索を覗いてみたら、展覧会自体も「小冊子」の装丁も、とても評判がいい。

http://bit.ly/nDfhfv







あ、こういう時に twitter は、便利なものなのだと、再認識。
一度止めた twitter の装いを変え、
noboruizumi (editorial-airplane) で復活することにした。

情報の収集や発信に使えればと思う。





もうひとつ、会場には、とても印象に残った展示品が。
今回の温さんの全集は、東京創元社から文庫の形で発行されたのだが、
その文庫用の「函」が、飾られていたのだ。


onhako.jpg 


元は『アンドロギュノスの裔』1970年に薔薇十字社から発行されたものを、
文庫本が入るように縮小して作られたものだと思う。
函の装画は、この Gallery Oculus のオーナーでもあり、イラストレイターの渡辺東さん。


onmoto.jpg


この函は、古書店の盛林堂オーナーが、手作りで作ったものだという。

なんとも、いい話だ。
こんな交流が、30年もの長い間、企画のみで画廊を続けて来た、
Gallery Oculus が、大切にして来たものだと思い、いい気分で画廊を後にした。





記念の「小冊子」に書かせて戴いた私の文章は、次の「日記」で。







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