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今夜のライヴ(びん博士)

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2010-02-05 Fri 04:10:00
  • びん博士

今夜「びん博士」(庄司太一氏)のライヴがある。


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精神界通信 part VI
~かわなかのぶひろの映像、びん博士の歌声による
魂の 魔都路地 (ボトロジィ)

日時:2010年2月5日(金) open 18:00 start 19:00
場処:渋谷・LA MAMA(東京都渋谷区道玄坂1-15-3 B1)
前売2,500円 当日2,800円 学割 2,000円(学生証提示)(+1 drink オーダー)
問:La mama(phone:03-3464-0801)





もちろん私は、聴きに、そして見に伺う予定なのだが、
お時間のある方は、ぜひお出掛け戴きたい。
自分の企画ではないが、とにかく、お勧めしたい。
びん博士は、某大学で教鞭をとる教育者であり、膨大なる「びん」のコレクターであり、
そして何よりも、どんなジャンルにも拘束されない「びん博士」という「人間」である。





前回の日記で書いた 『フランケンシュタインの子どもたち』 の
バンド・ヴァージョンも楽しみであるが、
今回は映像作家・かわなかのぶひろ氏とのコラボレーション。
演奏と歌はもちろんだが、音楽だけでなく、どんな舞台で、
どんな視覚空間を見せてもらえるのかも、大変興味深い。





以下に、以前の La mama でのライヴ写真を挙げて置く。


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■びん博士ってどんな人
http://bottle.cafesaya.net/
http://www.binforum.jp/0204/0204.html
http://www.bunka-kaigi.com/archives/002special/026/
http://4travel.jp/traveler/safran/album/10016014/


★2010年 mixi 日記より





『フランケンシュタインの子どもたち』 (びん博士)

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2010-02-04 Thu 23:36:00
  • びん博士



 


びん博士のお宅に伺ったのが、昨年の10月24日。
その2日後の10月26日に、ある画像を発見した。
学校の授業で「招き猫」を作るという課題に対して、10代の少女が作ったものだった。
仮に、少女をAとしておく(笑)。






その 少女A が、発泡スチロールを材料に作った「招き猫」が、冒頭の画像。
見た瞬間に「あっ」と思った。
何とも「招き猫」らしからぬ「猫」。 しかし、何とも大胆で、魅力的な「猫」だった。
早速、譲って戴けないものかとのコメントを落とすと、気持ちよく承諾して下さると言う。
今は、この「猫」、私の部屋で 『魔除け猫』 として、空間を見張ってくれている。





博士のお宅を訪問した時に、まだ、途中で出来上がっていないのだけれども、
せっかく、おふたりが来て下さったのだから、お祝いに「歌」を歌いましょうと、
披露して下さった1曲に、私が、ぞっこん惚れ込んでしまったものがあった。

それが以下に書く 『フランケンシュタインの子どもたち』 という「歌」だ。
動画の音声から拾ったもので、正確ではないかも知れないが、
歌詞を、ここに上げて置く。






私が若い頃には、白石かずこさん等を中心に「詩」とジャズの会があったりして、
見知らぬ世界への入口に興奮して「詩の朗読」イヴェントに参加したりしたこともあったが、
このところ、同様の会に誘われても、あまり触手が動かなくなっていた。





そこに、この「歌」、この「詩」。
ジャンルを超えて、メッセージ性をも持ち、目を瞑ると、
映像までもが、くっきりと浮かんで来る。

博士も、私も、私の恋人も、そして、少女A も、
皆 『フランケンシュタインの子どもたち』 なのではないか。

いや、今の世の中に 「自由」 を求めて、創造に携わっている人間たち。
夜の街頭を、規格化された世間にどうしてもなじめずに、さ迷う若者たち。
それらすべてが皆、『フランケンシュタインの子どもたち』 なのではないか。





先ほど書いた 少女A の制作した「猫」を見ているうちに、
この 『フランケンシュタインの子どもたち』 の歌のイメージが、
ぴったりと私の中で、重なってしまったのだった。






たった4日の間に、まるで宇宙の空間が捩れて、結びついた気分になったのだった。
博士には、勝手なことをして申し訳ないが、
歌詞の間に、この「猫」の画像を、色を変えて挿入させて戴いた。



『フランケンシュタインの子どもたち』


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昼下がりの静かな公園
象のかたちの滑り台から砂場へ続く長い蟻の行列を
しゃがみこんで見ていたフランケンシュタインの子どもたち
やがて雲の間からヘリコプターが姿をあらわし
かれらはいっせいに駆け出したのだった

教室で小学生が勉強している昼下がり
かやつり草はびこる空き地を風のように踊り
四ッ辻のアスファルトの道に影を落とし
電線をショートさせながら走り抜けてゆく フランケンシュタインの子どもたち

フランケンシュタインの子どもたち フランケンシュタインの子どもたち
世間に負けずに ジャンプ ジャンプ 世間に負けずに ジャンプ ジャンプ おぉ~


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白昼 マンホールヘ次々に落下する フランケンシュタインの子どもたち
管理人の吉田さんが その音を聞きつけ 表へ飛び出した頃には
もう彼らはマンホールから抜け出し いつのまにか人気ない銀杏並木の通りを
消防署の方へ向かって走り出していたのだった

フランケンシュタインの子どもたち フランケンシュタインの子どもたち
世間に負けずに ダッシュ ダッシュ 世間に負けずに ダッシュ ダッシュ おぉ~


写真


彼らが橋本時計店の前を通り過ぎると
店の主が眼鏡を探し回っている間に
時計の針は 左まわり 右まわり 時計の針は 左まわり 右まわり

彼らが青木クリーニング店の前を通り過ぎると
店の主が大きな欠伸をしている間に
蛍光灯は 明るくなったり 暗くなったり 蛍光灯は 明るくなったり 暗くなったり

そして多田テーラーの硝子ドアには 一瞬 不思議な光の影がよぎったのだった

フランケンシュタインの子どもたち フランケンシュタインの子どもたち
世間に負けずに ファイト ファイト 世間に負けずに ファイト ファイト おぉ~


写真



台風の去った翌日の町並みは やたら琥珀色の光に満ち溢れ
公団住宅の屋上で昼寝していた フランケンシュタインの子どもたち
目を覚ますと 一気に階段を駆け下り 近くの線路沿いの道を出ると
青空のもと 快速電車と競うように走り始めたのだった

コントロールされずに スタンダダイズされずに
グローバライズされずに 遺伝子操作されずに
ジャンプ ジャンプ  ジャンプ ジャンプ


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ある静かな夜に 私は旧式のワープロに向かい 
フランケンシュタインの子どもたちに こんな手紙を書き始めたのだった


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前略 初めて お手紙致します
以前から 皆さんが無邪気に走り回る姿を見ていますと
何だか こちらまで 嬉しくなって来るのです

人づてには お父さんもお母さんも 行方知れず
さぞかし大変だとは思いますが まわりの中傷やいじめなどにめげず
どうか皆さんで団結して 仲良く前進してください

今の世の中 何やら不穏な空気が漂っています
最近の科学でも 宇宙の大半は 実は正体不明な
暗黒物質というものに覆われていると分かってきたようです

けれども この宇宙に わずかでも 希望という光が灯っている限り
何らかの可能性が この地球にも 残されているように思われるのです

ですから これからも勇気を持って 共に前進いたしましょう
皆さんこそが これからの希望の星なのです
ではお元気で
いつまでも自由にのびのびと走り回っていて下さい

このメッセージが無事届くことを祈りつつ 手紙を終えます


写真


フランケンシュタインの子どもたち ジャンプ ジャンプ
フランケンシュタインの子どもたち ダッシュ ダッシュ
フランケンシュタインの子どもたち ファイト ファイト

フランケンシュタインの子どもたち ダッシュ ダッシュ
フランケンシュタインの子どもたち ジャンプ ジャンプ
フランケンシュタインの子どもたち ファイト ファイト

ファイト ファイト ファイト ファイト 

フランケンシュタインの子どもたち ファイト ファイト
フランケンシュタインの子どもたち ダッシュ ダッシュ
フランケンシュタインの子どもたち ファイト ファイト

ダッシュ ダッシュ ダッシュ ダッシュ
ダッシュ ダッシュ ダッシュ ダッシュ





この 『フランケンシュタインの子どもたち』 は、はじめに聴かせて戴いてから、
何度か博士自身が、手直しをしながら歌い込み、
明日の、渋谷・ラ・ママでのライヴでは、バンド・ヴァージョンで披露されると言う。
「少しずつヴァージョン・アップしています」と、嬉しそうに話して下さった。


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★2010年 mixi 日記 より



『壜の小さな博物館』」 (びん博士)

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2010-02-04 Thu 19:30:00
  • びん博士


     キラキラと、輝くものが好きだ。
     何故なのだろう。
     
     闇が、汚れずに、
     際立って感じられるから。

     キラキラを見て、闇を。
     闇を見て、キラキラを。
     どうしても、一緒に感じてしまう癖がある。



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昨年の10月24日、あがた森魚さんのご縁で知り合った、びん博士のお宅へ伺った。
離れには『ボトルシヰアター』と命名された『壜の小さな博物館』がある。


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博士とは、何度か日記で紹介している、あがたさんの 『月刊映画』 の会でお会いした。
どこか郷愁を誘う博士自身の穏やかな表情や、甘く抒情を湛えた「歌声」と共に、
その静かな佇まいの中に隠れた「激しさ」のようなものも感じていた。






何度か「歌」を聴かせて戴き、その魅力に惹かれてもいたし、
彼がコレクションをしている7万本にも及ぶという「びん」も、
ぜひ見たいとは思っていたのだが、なかなか、その機会を得ずにいた。






ご自宅へ、お邪魔するきっかけを作ってくれたのは、
詩人でもある、私の「恋人」だった。
『月刊映画』を見に行った時に、びん博士も、奥様とご一緒にいらっしゃっていたのだが、
たまたま私の「恋人」もそばにいて、あっという間に「何か」が伝わってしまったのだ。


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私もかなり「直感」で動く人間なのだが、恋人も博士も、輪をかけて「勘」が鋭い。
どうも「詩人」という人種には、論理ではなく、直感で相手を嗅ぎ分ける能力があるようだ。
博士と奥様から、ぜひお二人で、遊びにいらして下さいとのお誘いを戴き、
あっという間に、「では」と、日取りまでが決まってしまった。 「縁」だった、のだと思う。






基本的に私は、コレクターという方たちとは縁遠い生活をしている。
「知識」も「物」も、なぜか集めるということに恐れを感じ「距離」を置いている。
いわゆる「マニアック」な気質の方たちに対しては、
精神の「透明感」が感じられにくいという「偏見」をも持っていた。






いつ自分が、どんな生活になるか分からない。
いつどうなっても大丈夫なように、
身ひとつで、どこへでも行けるようにと、今も思っている。






博士のコレクションは、
いわゆる「マニアック」な気質によるものではなかった。
戦前から昭和20年代頃にかけ、巷の町工場の職人たちにより、
文字通り「息を吹き込まれて」産み出された「びん」たちは、
その一本ずつの歪みや、傷などもを含め、
機械による大量生産の規格化されたものとは違い、
それぞれが「個性」を持ち、
「一本のびん」として確かに存在している、
「精神のかたち」としての「びん」なのであった。





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ご自分の心に導かれるままに、博士が集めた「精神のコレクション」は、
いつの間にか、実に7万本という膨大な数に膨れ上がり、
「びん」たちを前に、呆然とした佇まいの博士にも温かい気持ちを覚えた。


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それらの「びん」を見せて戴き、博士のお話を伺いながら、
またひとつ自分の「偏見」から「自由」になれた気がして嬉しかった。


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奥様の手作りの料理には、
博士を根底から支える気持ちがたくさん詰まっていたし、
博士が私達のために歌って下さった未発表の「歌」には、
「恋愛の持続」などという途方もない「実験」の最中である私達に対しての、
温かいエールも含まれているような気がして、本当にありがたかった。







ご興味のある方は、以下のサイトで「ボトルシヰアター」動画も、
ご覧になって下さいませ。

写真

■びん博士
http://www.youtube.com/watch?v=8sYXz7Llf9w



当日博士が、
私たちのために歌って下さった「歌」について、
また、明日の夜に開催されるライヴについても、
何とか日記を書き上げたいと思っている。



★2010年 mixi 日記 より





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