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Editorial Airplane

言葉

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2019-05-07 Tue 22:42:18
  • 未分類
5月4日は、寺山さんの命日だった。
亡くなられてから、もう36年。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
寺山修司

自分にとっての「祖国」って、何だろう。
「イムジン河」を聴きながら、ぼんやりと考える。

イ・ラン

이랑 イ・ラン - 임진강 イムジン河
https://www.youtube.com/watch?v=qhBQinebAp0

自分にとっての「祖国」。
それは「言葉」なのかも知れない。
ふと、そう思う。

赤い風船

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2018-12-25 Tue 00:00:00
  • 未分類
赤い風船

 やわらかな風が、ずっと昔からの知り合いのように、なつかしく肩のあたりをいったりきたりしている。そんな日の午後のことでした。山の中腹には、レンガ造りのステキな家がありました。トコは、そこのお家のひとりっこ。彼女は、今日は朝からごきげんななめです。ママが街の遊園地に連れていってくれるはずだったんですが、お客さまがきて、だめになっちゃったんです。トコには、お客さまなんて関係ありません。「ママのうそつき」と、トコは庭の木に向かって、ちっちゃな手で、いっしょうけんめいに石を投げつけています。彼女の投げた石は、なかなかその木にはあたりません。トコは、ますますいらいらしてきました。
 トコが、そんなにも遊園地に行きたがっていたのには、実はわけがあるんです。遊園地の入口を右に曲がったところに、赤や青や、黄色や緑、いろんな色の風船を売っているおじさんがいるんです。トコは、前にママといった時に、まっかな風船をひとつ買ってもらったんですけど、帰る途中にあやまって、空へ飛ばしてしまったんです。それ以来トコは風船のことばかり考えているんです。
 「神様、あたし、あのまんまるの赤い風船が欲しい。あたしの大事なビーズの指輪をあげますから、どうぞあのおじさんのところへ連れていって」。トコは空の方をみて、いっしょうけんめいに、お祈りをしました。でもお客さまはとうとう帰らないで、夕暮とともに、冷たいコートをきた夜がやってきてしまいました。
 トコは夕飯もろくに食べないで、自分の部屋にこもってしまいました。ママは、そんなトコがちょっと心配だったので、「ごめんなさいね。また今度の時につれていってあげますからね」と、やさしくトコに話しましたけれど、トコは、いっこうにごきげんななめです。いつもなら小犬のチロがじゃれると、自分も犬になったみたいに楽しそうにじゃれたり、チロをだいたりして喜んでいるトコなのに、今夜はチロがかわいい手をペロペロなめても、ぼんやりとしているだけです。トコはベッドに入って、あのまっかな風船のことを考えているうちに、いつのまにか、すやすやと眠ってしまいました。
 夜中にふと目がさめると、トコは風船のいっぱいある部屋にいる自分にびっくりしました。白いベッドのまわりに、自分の体くらいもある大きな鏡の前に、とにかく部屋じゅう風船がいっぱいです。トコの欲しかったまっかな風船も、もちろんその中にありました。トコは、そんなに欲ばりな子でもなかったので、赤い風船をひとつだけとって、他のは外へ飛ばしてやりました。風船たちは、風にのってのびのびと空へとのぼっていきました。トコのもっていた赤い風船も、一緒にいきたそうでしたが、やっと赤い風船をもつことのできたトコは、そんなことには気づきません。もう嬉しくてしょうがありません。たんすからまっかなワンピースをだして、それを着て、風船をもって鏡の前に立ち、あっちへ歩いてみたり、こっちへ歩いてみたり、まるで、どこかの国の王女さまにでもなったような気持でした。赤い風船はトコにひっぱられるままについていきましたが、いま頃仲間たちは、お星さまを見ながら、空を飛んでいるだろうなと、本当はそればかりを考えていたんです。
 トコは、しっかりとベッドのふちに赤い風船のひもを結びつけると、今度は安心したようすで、すっかり満足して朝までぐっすりと眠りました。
 赤い風船は、窓から入ってくる冷たい風にあたりながら、じっと、トコが空へ放してくるのを待っていましたが、望みはかないそうにありません。風船は、もうすっかりあきらめていました。でも風船は、思い始めていたんです。「ぼくがちょっとがまんをすれば、女の子が喜んでくれるんなら、それもいいかも知れないな。それなら、せいいっぱいふくらんで、女の子を喜ばせてやろうかと……」と。
 でもそのうちに風船は、だんだん体から力がぬけていくような気がしました。「あっ」と、風船は小さな声で叫びました。自分でも知らないうちに、少しずつ空気がもれていたのです。風船は、みるみるうちにたるんできて、空へ飛びあがる元気もなくなって、床に落ちてしまいました。風船には、もう空をとびまわることも、女の子を喜ばせてやることもできません。朝、トコが目をさますころには、もう、しわくしゃになってしまっていました。
 トコは、びっくりしました。浮かんでいるはずの風船がみえないのです。トコは「あたしの風船、あたしの風船は……」と言って、ベッドからとび起きました。その時、足もとに落ちているしわくしゃの風船に気がつきました。「これがあたしの風船?」トコは自分の目をうたがいましたが、たしかにそうだったのです。そして、その時はじめてトコは気がつきました。本当は風船が仲間と一緒に、おもいっきり空へ飛びたかったことを。ずっとトコが放してくれるのを、待っていたことを……。トコは、そのことを思うと、あとからあとから涙が出てきて、とまりませんでした。「ごめんなさい、ごめんなさい!」と、大きな声で泣きじゃくりました。しわくしゃになった風船が、その時、ほんのちょっと微笑んだのには、トコは気がつきませんでした。
 ママは、トコになにがあったのかなにも知りません。トコと風船の他には誰も知りません。
 そのことがあってからです。トコが風船を買うと、いつでもほんのちょっとだけ持っていて「行ってらっしゃい」と放してやるようになったのは。
 今日も遊園地のかたすみで、いつものおじさんが風船を売っています。

和泉 昇


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1971年11月発行『ビルの谷間』より「赤い風船」。
17歳以前に書いたもの。謄写版(ガリ版)刷。

ビルの谷間

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2018-12-24 Mon 01:05:57
  • 未分類
ビルの谷間

 どうにも耐えられなくなって、ぼくが街の雑踏の中にまぎれこんだのは、10時半頃だった。六本木の街は、色とりどりのミニスカートやホットパンツ、ちょうちょや、星のついたシャツに身をかため、楽しそうにおしゃべりをして歩く女の子たち。長めにかった髪を風になびかせて、恋人と肩をくんで歩いていく男の子たち。和服姿の粋なおねえさんを連れた恰幅のいい紳士など、まだまだ夜はこれからという感じだった。
 どこというあてもなかったので、人の流れのままに歩いていたが、急に静かなところへ行きたくなって裏通りへ入った。このあたりは、各国の大使館などがたちならび、時々犬の声がするだけで、まったくすきとおるように静かだ。
 ふと音がする方をふりむくと、公園の小さなブランコに、ちっちゃな女の子が、ちょこんとすわっていた。こんな時間に、ちっちゃな女の子がひとりで遊んでいるなんて、どうしたのかなと思ったが、なんだか長い間会っていなかった友達に、ばったり会ったような、なんともいえないなつかしい気持ちになって、その女の子のとなりのブランコに腰をおろした。女の子は、ちょっとぼくの方をみたけれど、そのままだまって、ブランコをこぎはじめた。さびた金具の音が、ぎぃーっと、はりつめたあたりの空気をふるわせた。ぼくも静かに、ブランコをこいだ。頬にあたる風が冷たく快かった。二人とも、ひとことも話さなかった。どのくらいたったのかはわからない。女の子はまだブランコをこいでいたけれど、ぼくはまた、だまって雑踏の中にもどることにした。相変わらず表通りは、にぎやかな人通りでいっぱいだった。
 また、その大都会のきらびやかな人なみの間をぬって歩いたが、何の気なしに、道路にぽっかりと口をあけた階段を降りて、地下にある小さなバーの扉を押した。たしか「エスポアール」とか書かれてあった。中は煙草の煙で、むんむんしていた。赤のうすいシャンデリアの明かりの中で、真黒のひらひらした洋服をきた女の人が「いらっしゃい」と気軽に声をかけた。
 ボックスの方は、かなり酔いのまわった赤ら顔の男たちが、まわりにすわっている女たちと、なにやらふざけていて、時々「わっはっは」と大きな笑い声があがった。カウンターの方に腰をかけると、さっきの黒い服の女がそばにきて「おひとり」と聞いた。「ああ」と答えると、となりにすわった。さっきから氷を割ったり、シェーカーを振ったりして、たえず動いていたバーテンが、おしぼりを出して「何にしましょうか?」と聞いた。バーテンの後ろにずらっと並んだ色とりどりのびんの中で、最初に目についたウィスキーの角瓶と、ピーナッツを注文することにした。
 となりにすわった女が「外の人通りはどうかしら?」と聞いた。「まあまあ」と気のない返事をすると、「私もいただいていいかしら?」と、ちらっとこっちをみた。別にいやな女でもなかったので「どうぞ」というと、水割りか何かを注文したらしい。商売のうまい女だと思った。あまり厚化粧でもなく、こがらな25、6才くらいの女だったと思う。グラスにつがれたこはく色の液体をグッと一口に飲みこむと、すぐに胸のあたりがあつくなった。つかれていたらしい。すぐに体中がかっかとなってきた。女のつけてくれた火で煙草を吸うと、青白い煙と一緒に、アルコールがふっと口からとびだしてくるような気がした。灰皿の上からたちのぼる煙草の煙は、ぼくの好きな感じの紫色なのに、口から出てくる煙は、ほとんどねずみ色みたいな白だった。大きなためいきと一緒に、その紫の煙をすってやると、なんか体中が、ずっと下の方にひっぱられるような気がした。
 二杯目をバーテンにたのんだ時、後ろの方で扉のひらく音がした。ふとふりむくと、さっきの小さな女の子だった。その子はちょっと困ったような顔をして、あたりを見回していたが、ぼくを見つけると「おじちゃん」といって走ってきた。ぼくもちょっと困ったけど、「やぁ」といってとなりにすわらせてやった。いすが高いので足をぶらぶらさせていた。話をきくと、さっきからずっと、ぼくのあとをついてきたそうだ。母親と二人で住んでいるらしいが、目がさめたら母親がいなかったので、それで近くの公園で遊んでいたらしい。
いつも夜はひとりらしい。ひとりで遊んでいたけれど、急にさびしくなってぼくのあとをついてきたという。母親は、たぶん街で働いているのだろう。女の子に、オレンジジュースを注文してやった。
 「ありがとう」といっておいしそうに氷のはいったジュースを飲むあどけない顔をみていると、たまらなく可愛くなってしまった。ずいぶんさびしかったのだろう。まだ赤い頬に、涙の流れたあとがあった。ぼくはもっていたハンカチを出して、女の子にネズミを作ってやった。手のひらにのせてチューチューと動かしてみせると、女の子は「ウフフ……」と笑った。そんな笑い声をきいていると、こっちまでどうしようもなく楽しくなってくるような気がした。
 新しくつがれたこはく色の液体を、今度はいっきにのみほしたが、さっきのようにくらくらとはこなかった。女の子は、ぼくの作ってやったネズミで、ニコニコして遊んでいた。バーテンも、さっきの黒い服の女も、そんな女の子を、目を細めてじっとみていた。ぼくは気持ちよくなって、どんどん飲んだ。何度か扉があき、客が入り、また出ていった。
 かなり時間がたったようだった。ほかのお客は、ずいぶん減っていた。そろそろ帰ろうとして、女の子をつれて椅子を立った。黒い服の女が「お愛想お願いします」といって勘定を払った。なんだか足もとがふらふらしていた。女の子は「だいじょうぶ?」と心配そうな顔をしてぼくの顔をのぞきこんだので、「ああ、だいじょうぶだよ」と胸をはってみせた。女の子は安心したように、先にたって歩いていった。
 街の人通りもまばらだった。頭は、ぼうっとしていたが、どうにか女の子と手をつないでさっきの公園のところまで歩いていった。女の子は急に「ママ」と言って、かけ出した。母親が公園のあたりを探していたらしい。「ママ」と呼ばれたまだ若そうなその女は、女の子をだきしめると、「どこに行ってたの」と大声で言った。そしてぼくの方をみると、「なんですあんたは……こんな時間に……こんな小さな子をつれて……」。なんかあたりの人がびっくりするような大きな声で、いろいろと言われたらしい。まばらに通っていく人が、じろじろとぼくのことをみつめているのがわかった。ぼくはアルコールのせいもあって、頭がボーッとしていて何を言われたのか、はっきりとは聞きとれなかった。何かぼくにも言いたいことがいっぱいあったはずなのに、ひとことも言わないで、ぴょこんと頭を下げたらしい。母親は、女の子をつれて帰ろうとした。女の子も、しばらくぼくの方をみていたけれど、母親についていってしまった。
 ぼくは、しばらくだまって立っていた。もうすぐにでも、そこにすわりこんで眠ってしまいたいような感じだったが、せいいっぱいの力をふりしぼって、しっかりと足をふんばって立っていた。そしてもうろうとしている頭の中で「ちがうんだ、これじゃいけないんだ、何かがちがうんだ……」と、何度も叫んでいた。
 そして本当にもうぶったおれそうなのに、死んでもこうやって二本の足で立っていなきゃいけないんだ、絶対にたおれるもんかと、自分で自分にいいきかせて、静まりかえった街を歩きはじめた。本当にもの音ひとつない静かな街だった。

和泉 昇

1971年11月発行『ビルの谷間』より「ビルの谷間」。
謄写版(ガリ版)刷。

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中学から高校に上がった、17歳以前に書いたものらしい。
引越し荷物の整理をしていて出て来た半世紀前の「記憶」。
なんとなく、クリスマスの近づいた夜に読み返していた。
「ぼく」という一人称を使って書いたのは、これだけかも。
精一杯突っ張っている自分に、面映ゆい思い(笑)。

浅野竹二

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2018-07-13 Fri 21:23:07
  • 未分類
浅野竹二さん、知らなかったなぁ。
楽しそうな版画。
ちょっと調べてみよう。

浅野竹二

帰還

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2018-06-08 Fri 21:23:03
  • 未分類



ここからの帰還。
もう怖いものは、
ないね(笑)。






帰還

2017.08.13

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2017-08-20 Sun 14:58:17
  • 未分類
2017.08.13
新宿

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深夜の遊園地さまから、素晴らしい、嬉しい「感想」。

編集・制作にあたった、夏瞳詩集『灑涙雨』について、
深夜の遊園地さまから、素晴らしい、嬉しい「感想」を戴いた。

深夜の遊園地さま

https://twitter.com/ThoraBeach/status/755866909619335169



この季節のオアシスともいえる深夜帯を選んで、
夏瞳様の新しい詩集『灑涙雨』(さいるいう・如月出版刊)を拝読しました。

灑涙雨とは、七夕に降る雨のことだそうです。
織姫と彦星についてわずかな知識しか持たない僕の耳にも、
雨音は静かに響き、長く尾を引く感銘を与えてくれました。

原始生物の写真に浮かんだ書名と著者名の数文字から、
詩の異空間はすでに始まっています。
机に置いただけで、活字が生き物のようにゆっくり動き始めます。
書き手と編集者の関係は通常、本の背面に見え隠れするものですが、
『灑涙雨』は奥付の1文字まで和泉昇様の美観で統制されています。

夏様の前作品『アンモナイトにぶら下がる失恋の涙』は、
血の通った等身大の他者との“関係”を鋭利に切り取った
一種散文的な(散文詩という意味ではなく)言葉の普遍性に魅了されます。
それに比べて、『灑涙雨』の視界は
生命が無作為に放置された原初的な空間に見えました。

光の届かない空間に確かに存在するものを、詩人の距離感で相対化していくと、
マクロとミクロ、生命と非生命、緊張と弛緩の“関係”が見えてきます。
希薄な間柄であるはずが、何かの必然で結びついているように感じられます。
今という時間、有限な空間の貴重さでしょうか。

(最後に)
まったくの凡人の目に、お二人は時間を自由に行き来する達人に見えます。
そのような方々が、有限な時間や空間といったものをどう感じていらっしゃるのか、
いつかどこかでお伺いしてみたい気持ちになりました。
素人が長々と的外れな感想を書いてしまい、大変恐縮に存じます。



深夜の遊園地さまの twitter プロフィールには、下記のように書かれている。
末梢神経を刺激する柑橘的断片/梶井基次郎/後期の芥川龍之介
/吉行淳之介/本業は堅めの経済ライターです。



深夜の遊園地さまとは mixi 時代からの net 上でのお付き合い。
だが、現実にお会いしたことはない。
本業は堅めの経済ライターと書かれていらっしゃるが、
確か、吉行淳之介さんのご縁で繋がった記憶がある。
吉行さんの文章をお好きだという方に、素人は、いないなぁ(笑)。

JAZZ についても造詣が深く、こんな site も担当されている。
http://bequiet.tv/curator/12



しばし時間を置いてしまったが、
彼への返信を、先程やっと書く事が出来た。



夏瞳詩集『灑涙雨』についての、深い読み込み、恐縮です。
しかも、前作『アンモナイトにぶら下がる失恋の涙』との比較まで。
本作りの冥利に尽きます。

本は、見られ、読まれて、初めて存在するもの。

改めてそのことを感じさせて戴きました。
いつか、どこかで、是非、お会い出来ますよう。



素晴らしい方に、お読み戴く事が出来、『灑涙雨』は幸せだなと思う。


■夏瞳詩集『灑涙雨』(さいるいう)
http://ww2.tiki.ne.jp/~natuhitomi/sairuiu.pdf

明日は、札幌へ飛ぶ。

明日は、札幌へ飛ぶ。

夏瞳 詩集『灑涙雨』へ、文章を戴いた、
宇宙物理学者・佐治晴夫先生の講演会へ。

ダークユニバース


6月18日(土)札幌市青少年科学館
http://www.ssc.slp.or.jp/event/evm6/18137.html

出来上がった本を持って伺うのだが、
先生、お気に召して下さるだろうか?

『灑涙雨』は、こんな本。
http://noboruizumi.blog103.fc2.com/blog-entry-342.html

佐治先生は、こんな方(飛田恵美子さんの記事から)。
http://greenz.jp/2014/03/13/haruosaji/
http://himaemi.blog.jp/interviewwithharuosaji.html

夏瞳 詩集 『灑涙雨』 (さいるいう)

赤だとばれた林檎が笑った

夏瞳 詩集『灑涙雨』より







赤だとばれた 



illion の BEEHIVE を聴いている。
https://www.youtube.com/watch?v=ylKv5rqaej0




言葉を、絵のように、音のように、見凝めて欲しい。

そんな願いを籠めて、制作した。

2016年 7月 7日発行。
7月1日より発売開始。

久しぶりに、書籍の編集・制作を。

発行/如月出版
編集・制作/Editorial Airplane

B6判/96P/定価1,500円(税別)
ISBN978-4-901850-50-6

発行日は、七夕の七月七日(木)だが、
7月1日(金)から全国の書店で注文出来ることになった。



詩集の詳細は、夏瞳の web site で。
http://ww2.tiki.ne.jp/~natuhitomi/natsubook.htm

上野謙介さんの作品「たびだちのひ」。

  • Posted by: 和泉 昇
  • 2016-05-27 Fri 13:58:23
  • 未分類
2016.05.20(金)銀座・K’s Gallery
ミズテツオ ・ 上野謙介 2人展


上野君版画01



上野さんの作品「たびだちのひ」。





上野さんの引く線の向こう側には光がある。その光をうまく説明できずもどかしく思っていたら、和泉氏が一言、「命だよ」と言った。あ!っと思った。そう言われると、もうそれ以外には考えられない。それも、「人」の命に限らない。誰にも責められない、生命の光のような。(夏瞳)

https://twitter.com/natsuhitomi/status/734894874906873856

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